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行間を読む?・⑤

2014.03.30 13:03|編集・校正
 「行う」か「行なう」か、「現す」か「現わす」か……。本を読んでいると、送り仮名の付け方はさまざまあります。
 送り仮名は、漢文訓読で用いられる「捨て仮名」から発生したといわれます。公式の文書は長い間 漢文または漢文読み下し式の文章が用いられていたので、古くはあまり送らない(付けない)のが普通だったようです。
 ですが、明治時代に教科書などの編集上この送り仮名を統一しようとする運動が起こり、国語調査委員会が『送仮名法』を作ったさい(1907年)、それまでの「送り仮名はあまり付けないほうが良い」という考えから、次第に「漢字は文章を読みやすくするための借り物なので、送り仮名をつけても良い」という考えになっていったようです。このように「送り仮名をつけても良い」という考えが広まったのは、しだいに口語文が普及するにつれ送り仮名が多く用いられるようになったためのようです。
 この考えを受け、第二次世界大戦後、複数ある送り仮名の基準を統一するため、1957年『送りがなのつけ方』が内閣告示されました。ただし、このときの送り仮名法は「送りすぎ」という指摘がなされ、1973年に『送り仮名の付け方』が公布されました。
 つまり、1957年の『送りがなのつけ方』では「行なう」「現わす」と送り仮名を付けられていたものが、1973年の『送り仮名の付け方』で「行う」「現す」となったわけです。なので、1973年以前に学校で教育を受けた方は、「行なう」「現わす」のほうが馴染みがある、ということになります。
 とはいえ「行なう」「現わす」が間違いというわけではなく、本則は「行う」「現す」、許容が「行なう」「現わす」というふうに現在は考えられていますが、小・中・高校では、原則として本則が用いられ、小学校では許容は取り扱わない、という方針となっています。つまり現行の教科書では、「行う」「現す」が原則として用いられている、ということになります。

※ ちなみに、教科書などを除き、一般的には一冊の本の中で送り仮名の付け方が統一されていれば問題ありませんが、記述に厳密さが求められるような内容の本や文章を書きたいという場合は、WindowsなどではIME設定を変えておくのがおすすめです。
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行間を読む?・④

2014.03.29 11:53|編集・校正
 「行間を読む」シリーズ(?)で少し触れた「常用漢字表」「現代仮名遣い」「送り仮名の付け方」「外来語の表記」「ローマ字のつづり方」は、すべてその「よりどころ」が、文化庁ホームページ(http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kijun/naikaku/index.html)に載っています。
 もう一月以上経ってしまいましたが、2月24日には同音異義語の使い分けの表が出されていました。文化庁というと近づきにくいイメージがあるのですが、文章作成のときにとても便利なページが多いです。
 用字・用語の使い分けなど、日本語について疑問点があるときは、おすすめです。

近代の日本語について(漢字・2)

2014.03.23 09:31|ことば
 明治期に盛んになった漢字制限論ですが、実現をみないまま(※)時は流れ、第二次世界大戦後の1946年になって『当用漢字表』(1850字)が決定されました。
 さらに漢字の音訓を示した『当用漢字音訓表』(1973(昭和48)年改定)と『当用漢字別表(いわゆる「教育漢字」881字)』(1948(昭和23)年)、『当用漢字字体表』(1949(昭和24)年)、『人名用漢字別表』(1951(昭和26)年。1976(昭和51)年に『人名用漢字追加表』により28字追加)などが出されました。
 とはいえこの時代になると、漢字制限が逆に不自由になるとして、審議を経て、1981(昭和56)年『常用漢字表』(1946字)が内閣告示されました。『当用漢字表』はこの後も、パソコンなどの普及を理由に、2010(平成22)年に改訂されています。
 なお、『当用漢字字体表』(1949(昭和24)年)のさい、これまでと字体の変わった漢字があり、従来の活字体が旧字体、新しい活字体が新字体と呼ばれるようになります。ただし、このときの整理の方針が2010年の改定で採られなかったことで、のちに問題が生じてしまうのですが……。

 『当用漢字表』にない漢字(表外字)や、『当用漢字音訓表』に音訓のない漢字(表外音訓)は別のことばに換えたり(言い換え)、かな書きにする(書き換え)必要がありました。言い換えには、「旱魃」を「ひでり」、「播種」を「たねまき」にするなどがあり、書き換えには、「註」を「注」に、「歎」を「嘆」に、「日蝕」を「日食」にするなどがあります。このほか、ひらがな書きにしたり、振り仮名(ルビ)をつけることもあります。
 ほかにも、漢字には「拡張新字体」の問題など(代表例として、Windows XPとWindows Vista以降で表示される字体が異なる)もあるのですが、これについてはまたいずれ。

※……1923(大正12)年に『常用漢字表』1926字、1931(昭和6)年にこの漢字表が修正(1858字)、1942(昭和17)年『標準漢字表』が決定されましたが、太平洋戦争が深刻化したため、一般には広がりませんでした。

近代の日本語について(漢字・1)

2014.03.20 21:46|ことば
※「ことのは」で書ききれそうにない項目について、随時拾い上げていくつもりのシリーズです。

 明治維新は、西欧列強と肩を並べる近代的な中央集権国家・日本の成立を目指す改革であったので、ことに明治初期は国語、すなわち日本語に対する意識もひじょうに高まっていました。標準語確立、方言撲滅、辞書の編纂などさまざまな運動が起こり、日本語史上ひじょうに興味深い時代なのですが、今回は「漢字」について。

 もともと文字をもっていなかった日本に漢字が輸入され、日本人は漢字からひらがな・かたかなを作り出しました。輸入された時代によって音が違ったり(漢音・呉音・唐音)、字体が複数だったり、漢字はさまざまな問題を抱えながら現在に至っているのですが……。
 すでに江戸時代のころから、仮名書きやローマ字書きのほうが便利であるといった意見が国学者や蘭学者から出ていました。たとえば、近代郵便制度の創設者・前島密(1835-1919)は、1866(慶応2)年、幕府開成所反訳方(ほんやくがた)だったころ、最後の将軍・徳川慶喜(1837-1913)に「漢字御廃止之儀」という文書を提出しています。
 ちなみに、前島密は明治初期に、ひらがなが主体の「東京仮名新聞紙」や、数字を除き全文がひらがなという「まいにちひらかなしんぶんし」などの新聞を創刊するほどのひらがな推進論者。漢字全廃、ひらがな推進を自らの手で押し進めたのです。ですが、「まいにちひらかなしんぶんし」などはすぐに廃刊となってしまいました。なぜか?
 ひらがな・かたかなの「仮名」に対し漢字が「真名」と呼ばれていることからみても、漢字というのは「公の場」で用いられるもの、という認識が古くからありました。言い換えれば、漢字使用者の多くは有識者、いわば上流階級の人びと。明治初期においてもまだ、学問の中心は漢学であり続けました。
 そして、新聞創成期にはまだ、新聞紙を読む人びとというのは、知識人に限られていたのです。学問=漢学という知識人にとって、漢字で書かれた新聞を読むことこそが、特権階級の証だったのです。新聞社としては、誰もに読んで欲しいと願いつつ、高い新聞を買うのは知識人のため、読者を限定する漢字で新聞を書かなければならない……というジレンマがあったようです。
 明治5年に文部卿(文部大臣)大木喬任(1832-1899)の指令によって『新撰辞書』が編まれ、漢字を3160字(3167字であったと伝わっています)に節減するよう提唱されました。福沢諭吉(1834-1901)も、これを受けるような形で、明治6年に「文字之教」の中で「社会で用いる漢字は2000か3000でよい」とし、漢字漸減論を唱えました。

(つづく)

熱海に行って来ました

2014.03.19 19:48|旅行
 3月上旬に、熱海と初島に行ってきました。下の写真はそのときに撮影した写真です。

 030801.jpg 030802.jpg

 左側は初島の写真。3月上旬で菜の花が咲いているんですね! 浜離宮恩賜公園も菜の花が見頃のようですが……。
 右側は有名な『金色夜叉』の1シーン。周囲が比較的おしゃれなビーチでしたので、この像と「お宮の松」のところだけ和風で不思議な気持ちでした。私の中の熱海のイメージはいまだに『金色夜叉』や昭和の新婚旅行をイメージしてしまうのですが……。
 帰りは「スーパービュー踊り子」に乗ってきました。窓が広くて、海側に座ったので見晴らしがよくて楽しかったです。

新書の面白さ

2014.03.16 11:42|読書
 一時期、図書館の新書コーナーを左から右に、上から下に眺めて、面白そうな本を探している時期がありました。
 上製本に比べて廉価なわりに内容の濃いものが多く、入門書としても便利ですし、座右の書としてひじょうに良いです。
 日本を代表する中国学者、故・白川静氏の著書『漢字─生い立ちとその背景─』(岩波新書)の冒頭に、ことばと文字について、ひじょうに分かりやすく、しかも美しくまとまっていて、まだ扉をめくったばかりなのに見入ってしまったことがあります。
 その冒頭を(少し長めですが)引用しました。

 『はじめにことばがあった。ことばは神とともにあり、ことばは神であった』と、ヨハネ伝福音書にはしるされている。たしかに、はじめにことばがあり、ことばは神であった。しかしことばが神であったのは、人がことばによって神を発見し、神を作り出したからである。ことばが、その数十万年に及ぶ生活を通じて生み出した最も大きな遺産は、神話であった。神話の時代には、神話が現実の根拠であり、現実の秩序を支える原理であった。人々は、神話の中に語られている原理に従って生活した。そこでは、すべての重要ないとなみは、神話的な事実を儀礼としてくりかえし、それを再現するという、実修の形式をもって行なわれた。
 神話は、このようにしてつねに現実と重なり合うがゆえに、そこには時間がなかった。語部(かたりべ)たちのもつ伝承は、過去を語ることを目的をするものではなく、いま、かくあることの根拠として、それを示すためのものであった。しかし古代王朝が成立して、王の権威が現実の秩序の根拠となり、王が現実の秩序者としての地位を占めるようになると、事情は異なってくる。王の権威は、もとより神の媒介者としてのそれであったとしても、権威を築きあげるには、その根拠となるべき事実の証明が必要であった。神意を、あるいは神意にもとづく王の行為を、ことばとしてただ伝承するだけでなく、何らかの形で時間に定着し、また事物に定着して、事実化して示すことが要求された。それによって、王が現実の秩序者であることの根拠が、成就されるのである。
 この要求にこたえるものとして、文字が生まれた。そしてまたそこから、歴史がはじまるのである。文字は、神話と歴史との接点に立つ。文字は神話を背景とし、神話を承けついで、これを歴史の世界に定着させてゆくという役割をになうものであった。したがって、原始の文字は、神のことばであり、神とともにあることばを、形態化し、現在化するために生まれたのである。……
(白川静『漢字─生い立ちとその背景─』岩波書店、1970年、2-3ページ)

 拙サイトのコンテンツ「ことのは」がこの文章の影響を受けた劣化版であるという事実はさておき、ことばと文字について、そして神話が何であるかについても、ここで述べられています。そのうえ、文字が生まれたところから歴史が始まる……という記述。ほんとうに素晴らしい。碩学の書かれた文章は、学術的に素晴らしいだけでなく、文章も美しいものですね。
 白川静氏の著作ではないと思うのですが、「神話は物語の極致である」という記述を他で目にしたことや、現在の文芸作品、とくにファンタジーは神話に典拠が多くあることなどから、私はずっと「神話」について興味を持っていました。本当かどうか確かめたわけではありませんが、現在ある物語の類型はすべて、神話に原型が認められるのだそうです。そしてつい先日、「神話とは、現実の世界を説明するもの」というある先生のことばを聞き、改めて「神話」について考えるとともに、どの本屋さんにもあって、多くの人が手に取ることができる新書に、世界の真理についての記述があるのだなあ……と感じ入りました。
 「事実は小説よりも奇なり」(バイロン)ではないですが、気軽に手に取れる新書の内容の濃さに驚いてからは、文芸物の小説ではなく、もっぱら人文系の新書を読むようになりました。専攻の関係上、日本文学に関する内容の新書を読むことが多いのですが、典拠の解説や注解の載った本を読んでから原典にあたると、また違った見方ができて面白いです。

信州の伝説・1

2014.03.14 19:41|日本の神話・伝説・昔話
 「わのこと」の「御国自慢」の項に「信州の伝説」を付け加えたきっかけは、昨年課題が出され、そこで信州の伝説についてまとめたためでした。話題は「鬼女紅葉」伝説で、長野県の秋の紅葉とからめてまとめたものです。「紅葉」といったら、木の葉が染まる紅葉以上に、鬼女紅葉伝説だなあ……と思う愛郷人です。

 鬼女紅葉伝説

 山深いところだけあって、長野県は色々な民話があって面白いです。
 また調べて載せていきたいと思います!

駅の名前、場所の名前

2014.03.08 09:13|ことば
 東京に来るとふと感じるのは、「駅名と地名が違う場所がある」こと。
 たとえば、「丸の内」と「丸ノ内線」、「四谷」と「四ツ谷」、「お茶の水女子大学」と「御茶ノ水駅」など。「霞が関」と「霞ヶ関駅」も違います。
 丸の内は、「丸ノ内」が町名変更で「丸の内」になり、路線名はそのまま残ったようですが……他の場所もそういった歴史がある、のかもしれません。

行間を読む?・③

2014.03.05 19:48|編集・校正
 ふだん何気なく使っていることばが、登録商標だった……という驚きからこの記事を書きました。
 日常会話で出てくるぶんにはもちろん何の問題もないのですが、ヤマト運輸以外が「宅急便」を用いるのは(「宅急便」という語が登録商標なので)NGであり、名作『魔女の宅急便』というタイトルは問題なのでは? という問題が持ち上がりかけたこともあるそうです(映画化のさい、正式にヤマトと契約を交わしたそうなので問題なかったようですが)。
 こちらは共同通信社の『記者ハンドブック 新聞用字用語集第12版』(共同通信社、2013年)を参考にしています(実際にはもっとあります)。出版物、とりわけ新聞は、差別語・不快語を使用していないか、専門用語を使っていないかなど、ことばへの注意が必要。現代仮名遣い(じ・ぢ、ず・づの使い分けなど)、送り仮名、用字について、など、ひじょうに細かく載せられています。
 ちなみに、「言い換えることで分かりにくくなる場合や、一般化しているケースなどでは、商品イメージを損なわないかぎり原則にとらわれることなく柔軟に対処する。文芸物などでは、リアリティを出すために登録商標名を用いることもある」ようです。

※矢印の前が登録商標名、矢印の後が普通名詞をあらわす
ウォークマン→ヘッドホンステレオ、ヘッドホンカセット
ウォシュレット→温水洗浄便座
エレクトーン→電子オルガン
カップヌードル→カップめん、即席ラーメン
ジープ→小型四輪駆動車、ジープ型の車
セメダイン→接着剤
ゼロックス→複写機
セロテープ→セロハンテープ
宅急便→宅配便
チャック→ファスナー
バンドエイド→ガーゼ付きばんそうこう
ポラロイドカメラ→インスタントカメラ
ポリバケツ→プラスチックのバケツ
マジックインキ→フェルトペン
マジックテープ→面ファスナー

行間を読む?・②

2014.03.02 10:09|編集・校正
 先日、作家別の用字・用語の違いについて触れたついでに、外来語の表記についても載せておきます。一文字違うだけでこんなにも違う!
 なお、講談社のハウスルール(出版社ごとの用字・用語の決まり)がまとめられた『日本語の正しい表記と用語の辞典 第二版』(講談社、2012年)を参考にしています。一般書の表記規準、誤りやすい慣用語・慣用句などが載っているので、文章を書くときに必携の書です。

○赤インクをつけたペン(×赤インキ。インクは筆記用、インキは印刷用と分けることが多い)
○友達とボウリングをしたが、ガーターばかりだった(×ボーリング=試掘)
○高校のバレーボール部(×バレエ=舞踊)
○ティーバッグ(×バック、パック)で紅茶を淹れる
○シミュレーション(×シュミレーション)
○モラール(×モラル)
○足にギプスをした(×ギブスは転訛)
○バドミントン(×バトミントン)
○キャスティングボート(×キャスティングボード)
○キャリアアップ(×キャリアー=運ぶもの、保菌者)
○ジャパンバッシング(×パッシング)
○ボウルを使って料理をつくる(×ボール=球)

 ちなみに、ハンカチとハンケチ・グローブとグラブなどは、内閣告示によれば、「語形にゆれがあるもの」とされているようです(つまり、どちらを使ってもOK)。
 vの音を「ブ」「ヴ」などはどちらで言い表してもよいようですが(バイオリン・ヴァイオリン)、索引などを見ると、「ヴ」がウの位置にあるもの、バ行になるものなどさまざまですね(これもどちらでも構わないそうです。同じような問題に、音引「−」を母音に直すか、無視するか、方針によってどちらかの索引が多いです)。
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