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歴史秘話ヒストリア

2014.10.30 20:26|日本の神話・伝説・昔話
 昨日放映されたNHK歴史秘話ヒストリアは、「妖怪と神さまの不思議な世界~遠野物語をめぐる心の旅~」でした。
 つい先日、諏訪春雄著『日本の幽霊』(岩波書店、1988年)という本を読んで、そこに幽霊と妖怪の違いを柳田國男が論じたものが載っていたので、それとあわせて楽しく視聴しました。
日本の幽霊 (岩波新書)日本の幽霊 (岩波新書)
(1988/07/20)
諏訪 春雄

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 この本には、柳田國男の考えでは、「おばけは出現する場所が決まっているのに対し、幽霊はどこへでも現われる」、「おばけは相手を選ばず、誰にでも現れわるのに対し、幽霊の現われる相手は決まっていた」、「おばけの出現する時刻は宵と暁の薄明りの時であるのに対し、幽霊は丑満つどきといわれる夜中に出現した」とありますが、著者の諏訪氏はその定義に外れるものを挙げたうえで、「妖怪も幽霊も正当に祀られないカミ(精霊)であることは同じだが、幽霊は人間であったものが人間のかたちをとって出現したものであるのに対し、妖怪は人間以外のかたちをとって出現する」、「幽霊はかならず死者である」との考えを述べています。
 そういわれると、もとは死者であった幽霊よりも、妖怪のほうが人間が霊的なもの・人知を超越したものに対してどういうとらえ方をしているかが反映されているぶん、研究の対象として「妖怪学」という一分野を築きやすかったのかもしれないと思いました。幽霊というと、有名なものは番町皿屋敷と四谷怪談、それとあといくつか……という気がいたします。

 話を「ヒストリア」に戻しましょう。
 私も2年ほど前に遠野を旅行しましたが、日本人の原風景ともいえる景色(山は青きふるさと、水は清きふるさと……のごとき)が広がっていて、日本人の心の中にある自然(神)への考え、畏敬が、今もこの場所に受け継がれているのが分かるように思いました。
 ただ、このように、『遠野物語』というと、遠野という場所に焦点が当たることが多かったので、今回の「ヒストリア」のように、柳田國男自身のこと(周囲で起きた不幸や恋愛について)にも焦点が当たっているのが新鮮でした。
 明治時代というと、日本全体が(「日本という一つの国」として中央集権制が固まっていくのが明治時代ですが)古いものを捨てて、西欧のもの=新しいものとして取り入れられた時代でもあります。列強に並ばなければ国が亡ぶという悲壮感が伴う近代化でもありましたが、庶民の間にはまだ依然として江戸が残っていた。そんな、上からの命令で神仏分離が行われ、「淫祠邪教」が取り締まられていく中での『遠野物語』。興味深いものがあります。
 このことと関連して、明治初期を舞台に、妖怪が関連する不思議な事件を取り扱った京極夏彦『後巷説百物語』(角川書店、2003年)に、興味深い文章がありましたので、以下に抜き出しました。
後巷説百物語 (Kwai books)後巷説百物語 (Kwai books)
(2003/12)
京極 夏彦

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 「妖怪の子──これは、この文明開化のご時世では、単なる差別で御座いますけれどもね、昔は優しさでもあったのです。嘗ては両方の役割を持っていたのですよ。今は片方がなくなってしまった。(後略)」
 「まあ、化物ってのはつくりものですよ。
 江戸の人は知っておりました。皆、知っておりましたよ。
 信じていませんよ。誰も。
 (中略)
 でもねえ。そう、又市さんがね、その昔、こんなことを申しておりました。
 この世はね、悲しいんだ、辛いんだとね。
 だから人は、自分を騙し、世間を騙して、ようやっと生きているんだと。
 つまりこの世は嘘ッ八。その嘘を真と信じ込むなら、そりゃいずれ破綻する。
 かといって、嘘を嘘だとしてしまえばね、悲しくて辛くッて生きて行けない。
 ええ。だからこそ──嘘をね、嘘と承知で信じ込むしか健やかに生きる術はないんだと、又市さんはそう言っていましたよ。煙に巻かれて霞に眩まされてね、それでもいいと夢を見る、これは夢だと知り乍ら、知ってい乍ら信じ込む、夢の中で生きる──。
 だから、お化けは嘘だけれども、居るのです。」

 妖怪や幽霊を描くということは、間接的に、人間自身やその考え方を描くことなのかもしれないな……と思うのでした。
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Excelの便利な技・6 ブックの問題点をチェックする

2014.10.29 21:26|Excel便利技
 作成したブックを複数人で共有したり、顧客・取引先などにブックを配布したりする場合に、個人情報や隠しデータなどをチェックして、データから削除するためにドキュメント検査を行います。
 検査の対象には、コメント(ユーザー名や内容そのものが含まれています)、プロパティ(作成者の情報や作成日時が含まれています)、ヘッダー・フッター(作成者の情報が含まれていることがあります)、非表示の行・列・シート(非表示の部分に知られたくない情報が含まれていることがあります)があります。
 ドキュメント検査は、[ファイル]タブ→「情報」→「問題のチェック」→「ドキュメント検査」から行います。

2014102901.png

 すべての検査項目にチェックが入っていることを確認し、検査を実行します。

2014102902.png

 個人情報や隠しデータの含まれている項目には、「すべて削除」のボタンが表示されます。
 不要なものは「すべて削除」ボタンを押し、すべて削除し終わったら「閉じる」をクリックします。

NHKスペシャル「カラーでよみがえる東京─不死鳥都市の100年─」を観ました

2014.10.26 19:14|日本のもの・こと
 19日に放映されたNHKスペシャル「カラーでよみがえる東京─不死鳥都市の100年─」を観ました(番組情報はこちらから)。白黒だったフィルムの色彩を復元し、フルカラー化した映像をもとに、大正から現在にかけての東京の姿を追った番組です。
 明治期を経て欧化した東京が、大正期の関東大震災(1923年)でいったんはその繁栄の姿を失いながらも復興。二・二六事件(1936年)を経て軍部が台頭してゆくきな臭さの漂う日本、翌年の日中戦争(1937年)、そして太平洋戦争勃発(1941年)……と、番組は進んでいきます。もちろん、東京を描くということで、欧化(近代化)した日本の象徴ともいえる東京駅や凌雲閣、大正~昭和期のモダンガールのような若者文化も取り上げられています。
 印象深かったのは、関東大震災と東日本大震災、二・二六事件と三島由紀夫事件など、違う時代の、似た事件を対比している描き方。とくに視聴者に強い印象を残したのは、学徒出陣の壮行会と、同じ場所(明治神宮外苑競技場)で20年後に行われた、オリンピック開会式の対比ではないでしょうか。学徒出陣の壮行会とオリンピック、両方を見た作家の杉本苑子氏の言葉が印象的でした。
 関東大震災でも、第二次世界大戦でも、廃墟となった東京を立て直した前向きな日本人と、絶望的な状況の中でも浮かべるジャパニーズ・スマイル。けれどその一方で、あの戦争を「だまされた」とも言う日本人。
 日本的なものを表面的には捨てつつも、かつては国の存亡をかけて西洋へと近づこうとし、戦争へと突き進んでいった日本。とくに昭和から現在にかけての日本を取り扱うと、どうしても戦争は取り扱わざるをえませんが、戦争という大きな事件だけでなく、今生きている私たちが、「今日の美しさが明日へとつながっていくわけではない」ことを知り、ただ「今日の美しさが明日へとつながっていくことを祈」りながら、美しい明日が続くように、そして美しい今日の映像を明日も撮り続けていけるように、「今日が満ち足りていればよい」中にも、心にとめていかなければならない。
 そうした、反戦へという非常に強いメッセージが込められた作品です。
 それをおいても、江戸東京博物館で見たジオラマそのものの凌雲閣や銀座の煉瓦街、私たちと何ら変わりない様子で笑い、仕事し、食べ、楽しむ大正・昭和期(前半)のひとびとの姿をフルカラーで見られたのは、とてもためになりました。やはりNHKの番組は面白いな……と思います。
 日々の生活にかまけて、ともすれば忘れてしまいがちですが、私の生きる何気ない毎日も、どこかで、歴史のほんの片隅でも担っている。私以外の誰かに影響を与えているかもしれない。……そのことを、少しでも心にとめて、精一杯日々過ごしたいなあと思うのです。

Excelの便利な技・5 マクロの作成

2014.10.25 20:53|Excel便利技
 「マクロ」とは、頻繁に行う複数の操作を記録し、まとめて実行できるようにしたものです。

 マクロを作成するにあたっては、まず[ファイル]タブの「オプション」→「リボンのユーザー設定」の「開発」にチェックを入れます。
2014102506.png

 リボンに「開発」が表示されます。
2014102501.png

 [開発]タブの「コード」グループから「マクロの記録」をクリックします。
2014102502.png

 マクロの名前、ショートカットキーの割り当て、マクロの保存先を指定します。「OK」を押すと、以後の操作がすべて記録されます。
 今回は、得点順に並ぶ操作をしています([データ]タブから「降順に並べ替え」を実行)。
 操作がすべて終わったら、マクロの記録を終了します。
2014102503.png

 マクロは、[開発]タブの「コード」グループ「マクロ」からも実行できますが、ボタンに登録することもできます。
 [開発]タブ「コントロール」グループの「挿入」から、今回はボタン(フォームコントロール)を挿入します。
2014102504.png

 ボタンの上で右クリックしてマクロを登録します。なお、ボタンに表示されている文字を変える場合には、Ctrlキーを押しながらボタンを選択します。
2014102505.png

 マクロを保存する場合には、保存形式を「マクロ有効ブック」にして保存します。また、マクロ有効ブックは、開いたときに「コンテンツの有効化」を押す必要があります。

信州の伝説・2 鬼女紅葉伝説

2014.10.23 18:34|日本の神話・伝説・昔話
 「信州の伝説・1」でも取り扱った鬼女紅葉伝説。私は行けなかったのですが、19日に鬼無里で「鬼女もみじ祭り」が開催されたそうです(戸隠でも「鬼女紅葉祭り」が開催されました)。
 まだサイト上でまとめる時間がとれそうもないので、「信州の伝説・1」の鬼女紅葉の記事を下に記載しました。
 季節もちょうと錦秋の頃ということで、タイトルは「多彩な信州の秋と出会う─信州の紅葉と伝説─」としています。

 戸隠と鬼女「紅葉」
 信州でも指折りの紅葉の名所・戸隠。とくに10月下旬から11月にかけては、赤く染まった鏡池と戸隠山とのコントラストや荒倉山の紅葉、奥裾花渓谷(日本百景の一つ)の秋景色など、見所が多い。
 しかし、この秋に色づく木々の葉とは別の「紅葉」にまつわる物語が、戸隠には伝えられている。
 それは、ちょうど紅葉のころに討たれた、鬼女紅葉の伝説だ。

 紅葉伝説のあらすじ
 1​8​8​6年に出版された小説『北向山霊験記・戸隠山鬼女紅葉退治之伝全(※1)』によれば、紅葉(幼名:呉葉)は9​3​7年秋、奥州会津に生まれた。子どもに恵まれなかった両親(※2)が第六天魔王に祈って生まれた子どもであったためか、才色兼備であると同時に、不思議な力を持っていたという。
 9​5​2年、上洛した紅葉は琴を教えて暮らしを支えていたところを源経基(※3)に見初められる。しかし、呪術を用いて経基の奥方を退けようとしたため、9​5​6年秋、信州戸隠に追放された。
 追放された後も紅葉は京での暮らしが忘れられず、水無瀬(現在の長野市鬼無里)に京ゆかりの地名をつけるなどして京を偲んだ。京の文物に通じていた紅葉は、地元の人々からは優雅で高貴な女性として崇められていたという。
 その一方で、紅葉は京に上るための軍資金を集めようと、一党を率いて荒倉山にこもり、毎夜近隣の村々を荒らしていた。この噂が戸隠の鬼女として京にまで届き、平維茂(※4)に紅葉討伐が命じられた。
 維茂は笹平(長野市)に陣を張り出撃したが、紅葉の妖術によって返り討ちにあう。そこで維茂は信州別所(上田市)の北向観音に参詣し、降魔の剣を賜った。再び攻められた紅葉は降魔の剣の前に通力を失い、ついに討たれてしまう。時に9​6​9年、紅葉33歳の晩秋のことだった。

 伝説の源流
 以上がよく知られている鬼女紅葉の伝説だが、紅葉の出生や、源経基に寵愛されたのち戸隠に追放されたくだりなどは、先述の小説から付け加えられた設定らしい。
 さらにいえば、鬼女紅葉伝説そのものが、室町時代に観世小次郎信光(※5)によって作られた能・紅葉狩の影響を受けて生まれたもののようだ。能では、維茂が戸隠へ鹿狩りにやって来たところ、紅葉狩りに来ていた美女(正体は鬼)と出会う。美女の振る舞った酒によって眠らされた維茂だが、八幡神の託宣で神剣を授かり、鬼を退治する、という筋になっている。
 しかし、能に登場する鬼は「美女に化けた鬼」であって、鬼女ではない。小松和彦『日本妖怪異聞』(講談社、1​9​9​2年)によれば、戸隠にはほかに「九しやう大王」という男の鬼にまつわる伝説があった。その中には、「九しやう大王」の部下の鬼が貴女に化け、鬼討伐に訪れた大臣を酒で眠らせるという、能によく似た設定がある。どうやら、もともと戸隠にあった鬼の伝説が能の影響を受けて伝わり、さらに「女に化けた鬼」から「貴女変じて鬼女となった紅葉という女性」の伝説へと、変化していったものらしい。

 今なお残る紅葉の足跡
 戸隠・鬼無里にはほかにも鬼にまつわる伝説(※6)がいくつかあるが、現在残る古跡には、鬼女紅葉伝説に関連するものが多い。たとえば、紅葉が京を偲んで名付けた東京(ひがしきょう)・西京(にしきょう)や、紅葉が維茂に毒を盛ったとされる毒(ぶす)の平(だいら)、鬼女紅葉がいなくなったことから名付けられた「鬼無里」という地名が、今も残っている。また、紅葉が大事にしていた地蔵尊を祀る寺(松巌寺)もあり、紅葉が実在の女性だったのではないかと思わせるものがいくつも残されている。
 晩秋の戸隠連峰は、シラカバやモミジが黄色や赤に美しく染まる。その美しい紅葉と、貴女に変化し退治された鬼と、紅葉狩という作品の名前から、鬼女に変じた紅葉という女性の伝説が生まれたのかもしれない。そしてその伝説は地名や古跡として、現在も戸隠に息づいている。
 長い冬の訪れを前に、信州の美しい秋景色を眺めながら、戸隠の美しい紅葉が生んだ鬼女紅葉の伝説に、思いを馳せてみてはいかがだろうか。

 注
 (1) 斎藤一柏、関依川 著。「北向山」とは上田市別所にある北向観音(天台宗の寺院)のことで、この小説は別所の人間が、北向観音の霊験を伝えるために編集したものとされる。ちなみに別所の地名は、信濃守だった平維茂が「別荘」としたことに因むといい、別所には紅葉との戦いで死傷した維茂の墓とされる将軍塚がある。
 (2) 伴笹丸・菊世という夫婦。小説には、笹丸は8​6​6年に起きた応天門の変の首謀者として伊豆に流された、伴善男の血を引いているとある。
 (3) (?~9​6​1)平安中期の武将。清和源氏の祖。酒呑童子や土蜘蛛退治の逸話で知られる、源頼光の祖父に当たる。また、経基の子・満仲(多田満仲)が戸隠山の鬼を退治したという話が、『太平記』に見られる。
 (4) 生没年不詳。平安中期の武将。伯父・平貞盛の養子となり、15番目の子だったことから余五将軍とも呼ばれる。維茂が戸隠山で鬼退治したという話は、江戸時代以降『大日本史』『和漢三才図会』などに見られる。
 (5) (1​4​3​5~1​5​1​6)室町後期の能役者・能作者。作品に『船弁慶』、『羅生門』、能『道成寺』の原型となった『鐘巻』など。
 (6) 源満仲の鬼退治(『太平記』)のほか、荒倉山に棲む官那羅という鬼が在原業平に騙されて青葉の笛を盗まれた話や、天武天皇の遷都計画を阻むため、鬼が一夜で山を築いたという一夜山の伝説が伝わっている。

 長野県の名所・旧跡を訪ねようとすると、山道を歩いたり、険路を行かなければならないことが頻繁にあります(戸隠神社の奥社など)。これだけ山に囲まれていれば、中央とは異なる文化をもつ人々(まつろわぬ民)が暮らしていたでしょうし、そういったまつろわぬ民(鬼や妖怪)が長らく棲んでいたと考えられるのも自然なことだとつくづく思います。
 日本人にとって、山は、それ自体が信仰の対象でしたし、他界でもあった。だから山を生業の場とするマタギには、山で使う「忌み言葉」があった。
 そんな山で囲まれ、その山が秋には美しく黄金色に染まるのを見ている中で、その錦秋の様子を冠するに相応しい美しい鬼が、悲しい伝説を伴って、山の中に棲んでいた──と、そういう物語が出来てくるのも、不思議ではないかもしれません。
 鬼女紅葉に限らず、悪路王や土蜘蛛など、朝廷に反抗したことで鬼や妖怪と見なされていった「まつろわぬ民」についても、また色々調べてみたいと思います。
 参考にした本↓

日本のまつろわぬ民日本のまつろわぬ民
(2011/04/22)
水澤 龍樹

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Excelの基本あれこれ・12 シートについて

2014.10.22 19:40|Excel基本
 シートについて何故かこれまでの記事で書いていなかったので、以下にまとめました。

 シートの設定
・シート見出しをダブルクリックすると、シートの名前が変更できる(もしくは、シートの見出しの上で右クリックし、「名前の変更」を選択する)。
 なお、シートの見出しに¥ [ ] * : / ?(数式で用いる記号類)は使用できない
・シート見出しの上で右クリック→「シート見出しの色」から、シートの見出しの色を変更できる。
 ちなみに、アクティブシートの見出しの色は、設定した色よりやや薄くなる(他のシートをアクティブにしていると、設定した色の濃さに戻る)
・シートの移動は、ドラッグで行える(なお、Ctrlキー+ドラッグでシートのコピーができる。ただし、1番左側にあるシートより左側にコピーはできない)。▼のマークが表示される位置にシートを移動することができる
 余談:シートが多いと、シートの数に応じて右にスクロールしなければならなくなる。そのため、新しいシートを左側に配置しておいたほうがよいとする考えがある

 複数のシートを操作する
・同じブックの別のシートを参照するには、=や、=SUM(合計)などの関数を入力後、シートを切り替えて参照したいセルをクリックし、Enterキーを押す。
 ちなみに、Sheet1のセルA1を参照する場合は、「=Sheet1A1(シートが日本語名なら'○○○○'!A1)」と記入する。別ブックのセルを参照する場合、Book1.xlsxのSheet1のセルA1を参照するなら「[Book1.xlsx]Sheet1A1(シートが日本語名なら'[Book1.xlsx]○○'A1)」と記述する
・任意のセル範囲を選択後、[ホーム]タブの「クリップボード」グループ内の貼り付けオプションから「その他の貼り付けオプション」で「リンク貼り付け」を選択すると、リンク貼り付けが行える(右クリックで貼り付けオプションを選択することもできる)。
 リンク貼り付けを行うと、数式が自動的に入力され、セルの値が参照される

 作業グループ
・作業グループを用いると、レイアウトが同じ複数のシートをグループにし、グループに含まれるシート同士のデータや書式を一度に設定できる。
 グループにしたい先頭のシート見出しを選択し、Shiftキーを押しながら最後のシート見出しを選択すると、タイトルバーに[作業グループ]と表示される(シートが連続していない場合は、Ctrlキーを押しながらシート見出しを選択する)
・作業グループを解除するには、最初のシート以外のシートを選択すればよい

Excelの便利な技・4 複数のブックを操作する

2014.10.19 18:38|Excel便利技
 複数のブックを操作する
・複数のブックを開き(一番最後に開いたブックがアクティブになります)、[表示]タブの「ウィンドウ」グループ内の「ウィンドウの切り替え」でアクティブウィンドウを切り替えることができます(タスクバーのエアロからも可能)。複数のブックを並べて表示したい場合は、[表示]→「ウィンドウ」グループ内の「整列」から選択します
・別ブックのセルを参照したい場合は、数式バーに「=」を入力してから、別ブックの任意のセルを選択します

 データの統合
・[データ]タブ→「データツール」グループ内「統合」から、複数のデータを統合できます(統合したい複数のデータから、統合元の範囲を範囲選択して追加、を繰り返します)。
 もとになる表の種類(項目の位置、数など)が一致していない場合は、統合の基準の「上端行」「左端行」にチェックを入れます
※ 「統合」は「参照」ではないので、参照データではなく数値が入ります(統合もとのデータと連動していません。連動させたい場合にはリンクします)

シートの保護

2014.10.14 20:16|Excel実例
 請求書や見積書など、何度も使うテンプレート用のブックの数式や書式をいじられないようにするために、シートを保護することがあります。
 シートを保護するさいには、まず「保護しないセル」を選択し、[ホーム]タブ→「セル」グループの「書式」から「セルのロック」を解除します。

2014101401.png

 次に、同じ[ホーム]タブの「セル」グループ→「書式」から「シートの保護」を選択します。

2014101402.png

 「ロックされていないセル範囲の選択」にチェックが入っていれば問題ありません。なお、ロックされているセルを選択しても意味がないので、今回は「ロックされたセル範囲の選択」のチェックは外しています。
 シートの保護は、[校閲]タブからも行えます(ブックの保護、ブックの共有なども、[校閲]タブから行えます)。

 テンプレート用のブックを作る場合には、上記の方法の他にも、保存時の「ツール」→「全般オプション」で、「読み取り専用を推奨する」にチェックを入れ、読み取り専用ファイルにするとよいかもしれません。

2014101403.png

金種表の作成

2014.10.13 22:10|Excel実例
 金種ごとの必要枚数を求める「金種表」を作成します。
 「QUOTIENT関数」と「MOD関数」を用います。

 QUOTIENT関数
 =QUOTIENT(分子,分母) で、分子を分母で割ったときの商の整数部を返します(小数部は切り捨て)。

 MOD関数
 =MOD(数値,除数) で、数値を除数で割ったときの余りを返します。

2014101301.png


 一万円札の単位は単純に、QUOTIENT関数で求められます。D3に「=QUOTIENT(C3,$D$2)」と入力します。D列に数式をオートフィルでコピーするので、分母は絶対参照を用います。

2014101302.png


 次に、五千円札以下の金種の必要数を求める式を記述します。
 C3をD2で割り、余った分をさらにE2で割った値がE3に入ります。なので、E3には、「=QUOTIENT(MOD($C3,D$2),E$2)」と記述します。
 オートフィルで数式をコピーして完成です。

2014101303.png

2014101304.png

月のことなど

2014.10.09 18:53|日本の神話・伝説・昔話
 昨日は皆既月蝕が見られたということで、昨日・今日にかけて夜空を振り仰いでいた方も多いと思います。
 月といえば、私は最近改めて記紀の勉強を始めたところで、アマテラス・スサノヲに対してほぼその活動がないツクヨミについても調べているところ。やや強引ですが(笑)、以下、ツクヨミについて少し載せています。

 ツクヨミや月についてはすでにサイトに載せていますので、またある程度まとまってから続きを載せるつもりではありますが、かつてツクヨミは月と関わりが深い海人族が信奉する神であったことから、「海を統治せよ」と命じられている伝があるのだ、という説があります(ツクヨミ・スサノヲの分地領域は不分明なところがあります)。月の満ち欠けと潮の干満は関係がありますので、ツクヨミが夜の国を治めるのも海の国を治めるのも不思議はありません。とくに海人集団にとって、月は漁をするうえで、なくてはならないものだったようです。
 現在は松尾大社の摂社となっている月読神社(京都府京都市西京区)も、もとは壱岐の海人集団の祀っている神が分祀されたのだとか。太陽の神・アマテラスは農民に、月の神・ツクヨミは漁民に縁がある神。大和朝廷は農耕民族であり、そのため五穀(とくに稲)を重視し、逆に狩猟やそれに伴う血の穢れを嫌ったともいわれるので、記紀における日神と月神の扱いの差は、このあたりにも一つ理由がありそうですね。
 そういえば、記・紀には日蝕を描いたといわれる「天岩屋戸神話」がありますが、月蝕の話はありませんね。どちらも古代においては凶事であったようですが……。
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