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花街あれこれ⑥(遊郭25ヶ所)

2016.03.28 20:41|花街あれこれ
 『守貞謾稿』に、『洞房語園』に所載の遊廓(官許の遊里)25ヶ所が書かれていました(孫引き)。
 それによれば、

 「武陽浅草の吉原(現東京都)、京都島原(現京都府)、伏見夷町(現京都府)、同所柳町(現京都府)、大坂瓢箪町(現大阪府)、奈良鳴川(現奈良県)、江州大津馬場町(現大津市)、駿府府中弥勒町(現静岡県)、越前敦賀六軒町(現福井県)、同国三国の松下(現福井県)、同国今新庄町(現福井県)、泉州堺北高洲町(現在大阪府)、同国同所南津守(現在大阪府)、摂州兵庫磯の町(現兵庫県)、岩見塩泉津稲町(現島根県)、佐渡鮎川山崎町(現新潟県)、播州室小野町(現兵庫県)、備後鞆〔蟻〕鼠町(現広島県)、芸州多太の海(現広島県)、長門下の関稲荷町(現山口県)、肥前長崎丸山町(現長崎県)、薩州樺島田町(現鹿児島県。正しくは肥前樺島で、現長崎県)、同国山鹿野(現鹿児島県)」

 が、官許の遊里25ヶ所ということです。ただし『色道大鏡』などと比べると異同があるので(『色道大鏡』で廃絶したとされている遊里が『洞房語園』に記されている等)、必ずしもこれが正しいというわけではないようです。
 官許でない遊里を江戸で「岡場所」と呼んだということはよく知られていますが、上方では「外町(そとまち)」と呼んだそうです。京都では、祇園町のことは「河東」といい、大坂では、島の内・坂下等は「南」と呼んだそうです。また、『守貞謾稿』には、「官許にて廓をなすものを花街の字をあて……」とあります。現在「京都五花街」には、祇園も含まれています。
 江戸では遊女町(官許・非官許とも)は「悪所」と呼び、京坂では「いろまち」と呼んだそうです。
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花街あれこれ⑤(花代のこと)

2016.03.21 19:50|花街あれこれ
 現在も、舞妓さんや芸妓(芸子)さんをお座敷に招くときの料金を「花代」などと呼びます。
 遊里ではかつて線香を焚いて時間を計ったそうですが、そのとき線香を「花」と称していたことに因みます(線香が燃え尽きるまでの時間分、舞妓さんや芸妓さんを招いていられた)。
 島原の太夫と遊ぶには一日夜銀72匁(金1両が銀50~60匁)かかったといいます。『守貞謾稿』に

 「また太夫は一日夜七十二匁、たとひ一時半日といへども減銀せず。……天神以下の遊女および芸子は一日一夜の定制差あり。……」

 とあります。遊女や芸妓と遊興するには、時間によって遊興費が変動することがあっても(天神は銀25~28匁、囲いは銀14~16匁と、基本的には額が定まっていたようですが)、太夫と遊ぶには、時間による減額などはなかったということでしょう。ちなみに、島原以外の遊里(非官許)では線香で時を計り、時間に応じて支払う金額が決まる制度がもっぱらであったらしく、花(線香)一本が銀2匁3分であったといいます。『守貞謾稿』に「一時に五本焚く。一日に三十本、花代銀六十九匁……」とあったので、線香一本が燃え尽きるのは大体25分くらいということになるのでしょうか(一時は現在の約2時間で、季節によって変動)。とはいえ、あくまでもこれは目安であって、増減することもあったようです。
 ちなみに、島原の太夫は銀72匁とあったが実際は銀57匁6分、大坂新町の太夫は銀69匁とあったが実際は銀61匁1分だったそうです。これもあくまで「目安」とありますが……。
 太夫に次ぐ位である天神は、その名称が、揚代が銀25匁で北野天神の縁日(25日)とかけたためといわれていますが、後に素晴らしい天神が現れたので、揚代が銀28匁になったという記述もあります。また、かつては大天神と小天神とがあり、大天神が銀43匁、小天神が銀25匁であったともいいます。ちなみに大坂新町の天神の揚代は、銀33匁であったそうです。

 余談ですが、金は主に江戸で、銀は京坂で用いられた貨幣といいます。また、身分によってお給料も金本位と銀本位とに分かれていました(武士では、大名やお目見えは金、それより下は銀。町人や百姓は銭)。
 京都嶋原では、天神の名前の由来が揚代25匁で天神様の縁日に因むということからも分かるように、銀が用いられていたようです。しかし太夫の揚代は「1両2朱」と記述されている場合もあり、こちらは金による計算です。客層の違いということと関連があるのでしょうか。

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花のこと① 桜

2016.03.20 19:27|四季おりおり
 少しずつ陽気も春めいてまいりました。もうすぐ春だなあと感じることもしばしばです。
 春といえば、進級・入学や入社・転勤転属など、さまざまなイベントがあり、期待と不安に心揺れ動く時期でもあります。
 そんな時期に花を咲かせ、そして忙しなく散ってしまうからか、ことさら日本人が愛してきたのが桜の花。
 今回はそんな桜の花について載せています。



 桜の木の下には死体が埋まっている――。
 これは梶井基次郎『桜の樹の下に』に見られる一節です。
 桜という花は、日本人が昔から愛してきた花です。平和な江戸時代には桜の品種改良も行われ、現在桜を代表する品種「ソメイヨシノ」が生まれたのもこの頃。花見の習慣も、この時代に広まりました(隅田堤への桜の植樹や品川御殿山への吉野の桜植樹は、八代将軍吉宗の政策でした)。
 とはいえ、現存する日本最古の和歌集である『万葉集』には、桜よりも梅の花を詠じた歌が多いです。これは大陸――中国――文化の影響であるといいます。桜が「花」の代表となり、日本人の心を反映するものとされるのは、それよりも時代が下ってからのことです。
 『万葉集』同様、上代文学に分類される『古事記』『日本書紀』には、桜の神格化・木花佐久夜姫(コノハナノサクヤビメ)が登場します。この女神は、天孫――皇室の祖先神・アマテラスの孫――と結婚し、子供をもうけます。この女神のもう一つの名は「神阿多都姫」(カムアタツヒメ。紀には「神吾田鹿葦津姫」などとあります)で、この神名は地名に因んだという説と、田の女神であることを意味しているとの説があります。コノハナノサクヤビメという名がよく知られますが、記には「大山津見神之女名神阿多都比賣亦名謂木花佐久夜毘賣」とあるので、カムアタツヒメが本来の名称であったのかも知れません。美しい女性を桜の花に喩えたその神名がそのままこの女神の名称になってしまったとも、桜の花が人に愛されているので、天孫の妃として相応しくこの女神にその名がつけられたともいわれます。
 桜の女神コノハナノサクヤビメを娶り、石の女神イワナガヒメを娶らなかった天孫・ホノニニギの子孫の寿命は、木花――桜の如く儚くなってしまったといいます。
 コノハナノサクヤビメに代表されるように、桜は主に「若く美しい女性」と「儚さ」の象徴でした。
 『古今和歌集』以降も、桜を詠じた和歌には「散るのを惜しむ歌」が多いです。「散るは桜、匂うは梅」などという諺があるのも頷けます。
 在原業平とされる『伊勢物語』の主人公・「昔男」が詠じた歌として有名な、「世の中にたえて桜のなかりせば……」は、桜の花が散るのを惜しむ心情を表した歌です。桜は散る花であり、それは後に儚い命の象徴とも考えられるようになりました。余談ですが、桜を散らすのは「風」であり、風に「桜の花を散らすな」と呼びかける歌も存在しています。
 有名な『源氏物語』では、桜に喩えられているのは、女主人公である紫の上です。紫の上は作中最も理想的な女性として描かれており、それゆえ花の中で最高とされる「桜」に喩えられているのです。ちなみに、桜は女性だけでなく、若い男性に喩えられることもありました。
 また、桜は霊的な花でもありました。かつては戦さの跡地などに桜が植えられたようで、これは死者の怨念を桜が糧として成長し、その怨念を「花」として散らす――つまりは浄化する――と認識されていたからではないか、と考えられています。それが後の梶井基次郎『桜の樹の下に』や、坂口安吾『桜の森の満開の下』に見られるような、桜の美しさゆえの恐ろしさ、凄艶、神秘性――へと繋がっていったものと解することもできるでしょう。
 江戸時代には、「花は桜木、人は武士」という諺が出来ました。かたや花のうちで最高のものを、かたや身分で最高のものをいった諺ですが、ともに散り際の見事さをいった諺と解釈することもできます。散り際の美しさ、ということは、逆に言えばコノハナノサクヤビメの例のように、儚いものを象徴しているので、意匠としては多くても、実際に家紋――家の紋章であり、本来であれば家が栄える願いのこもった意匠を凝らすべきものである――として使われることは少なかったそうです。
 ちなみに、『伊勢物語』で昔男が詠じた、桜が散るのを惜しむ歌に対する反論として詠まれた歌は、「散ればこそ いとど桜はめでたけれ 憂き世に何か久しかるべき」でした。

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春の社日

2016.03.17 18:59|四季おりおり
 春分に最も近い戊の日のことをいいます(秋分に最も近い戊の日は「秋の社日」です)。
 産土神を祀る日ですが、春は種まきの時期と重なるので、五穀豊穣を祈願する日にもなりました。

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潮干狩り

2016.03.10 19:26|四季おりおり
 旧暦3月3日頃の行事に、潮干狩りがあります。この時期の大潮の日に浜に出て遊ぶ「磯遊び」が原型とされ、「雛祭り」とも結びついているといわれます。
 ちょうどこの頃は彼岸大潮。大潮については、海上保安庁のホームページや、新聞などでも情報が確認できます。
 また寒さが戻ってきましたが、暖かくなったところで、海に行ってみるのも楽しいかもしれません。

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