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妖怪について・2 邪しき鬼(モノ)

 第2回です。次回以降は有名な妖怪について載せてみようかと考えています。
 そういえば、妖怪に関する本は、意外と(文庫本などでも)あって驚きました。私が小さい頃も都市伝説や怪談が流行りましたし……。妖怪を知るということは、その妖怪に名前や姿、役割を与えた人間の心を知るということだからかもしれません。
 そんなわけで(?)、妖怪の原点ともいえる「邪しき鬼(モノ)」についてです。

 邪しき鬼(モノ)
 日本には古くから「アニミズム」の考え方があります。これは、生物・無機物問わず万物に魂・霊が宿っているという考えです。
 日本に古くからある(神道の)「八百万の神」の考えを見ても、日本人にはとても馴染み深い考えといえるでしょう。付喪神(九十九神)なども、日本が古くからアニミズムの考え方をもっていることを示す例です。
 神話の時代、天孫・ホノニニギが降臨しようとした葦原中国は、「多(さは)に蛍火の光(かかや)く神、及び蠅声(さばへな)す邪(あ)しき神有り。復(また)草木咸(ことごとく)に能(よ)く言語(ものいふこと)有り。……」(紀本文)という状態でした。これらは「邪しき鬼(もの)」として、タカミムスヒ(※)の命で討伐されることになります。
 古くは自然現象も神と捉えられ、それらは古代の人々にとって畏怖されるべき対象でもありました。その万物に宿る神々も、「邪しき鬼」として高天原の神々によって討伐されるべきものとされてしまったのですが、これらの記述から、妖怪が凋落した神々であると考える説があります。また、妖怪が凋落した神々であるというより、神は二つの側面(和御魂と荒御魂)をもっており、その荒ぶる神が妖怪であると解する見方もあります(例として、和ぎればお狐様、荒ぶれば九尾の狐になるといわれています)。
 神話時代には形をもたなかった妖怪ですが、後にそれらは具体的な形を与えられていきます。鎌鼬という自然現象も明確なイメージが付与され、私たちの知る妖怪「鎌鼬」になりました。古くは「よくないもの」(「邪しき鬼」)を意味していた「鬼」は、私たちの知る、角が生え虎の毛皮を纏った「鬼」になりました。
 余談ですが、先述した『日本書紀』にある「邪しき鬼」とは、天津神(大和朝廷)に従わない神々、すなわち各地の土着の神々のことを指しています(『古事記』には「道速振荒振國神等(ちはやぶるあらぶるくにつかみども)」とあります)。

※……『古事記』では高御産巣日神(後に「高木神」)、『日本書紀』では高皇産霊尊。上代文学研究の分野では、アマテラス以前の高天原の主神であったと捉えられている神です。『古事記』では「天地初発」の時に登場する「造化三神」(他の二神は天御中主神、神産巣日神)のうちの一柱で、タカミムスヒが主に高天原神話で活躍するのに対し、対になった神名をもつカミムスヒは出雲神話で活躍します。「ムスヒ」が「ムスビ」(結ぶ)に転じ、良縁の神様と捉えられるようにもなりました。
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