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妖怪について・4 天邪鬼

 人の言葉・意に逆らう人のことを「天邪鬼」と呼びます。最近は聞かないような気もしますが、考えてみれば妖怪の名前がかなり生活に溶け込んでいるのだと気づかされます。
 天邪鬼の像は大抵、四天王像に踏みつぶされている姿しかないので、哀れといえば哀れな気がしますが、来歴自体はかなり古い妖怪のようです。

 天邪鬼
 人の意に逆らい、他人の心中を察する能力に長け、口真似や物真似をして人をからかう妖怪とされています。口真似をすることから、天邪鬼と山彦とが同一視されている地域もあります。
 天の邪鬼は、記・紀神話に登場する天探女(あまのさぐめ)が魔女視されるようになったとも、『先代旧事本紀』に登場する天逆毎(あまのざこ)や天魔雄神がモデルになっているともいわれます。
 天探女に関しては様々な解釈がありますが、室町時代後期の日葡辞書(※キリスト教布教のために日本を訪れたイエズス会が編纂した、日本語→ポルトガル語の辞書)に、アマノザコを「さしでがましいもの。干渉好きの人。おしゃべり屋」とあり、天探女がアマノザコへ変化していった論拠の一つともなっているようです(amanösagume→amanozaku→amanojaku)。
 天孫ホノニニギが葦原中国に降臨する際、葦原中国は非常に荒れていた(騒がしく天津神に従わない神や、草木もそれぞれ物を言い人を脅かしていた)ため、それらの「邪しき鬼」を平定しようと、高天原から何回か神々が派遣されました。天稚彦という神も先払いとして派遣されましたが、この神は国津神(葦原中国の神)を娶り、高天原に戻ることはありませんでした。
 天稚彦が戻って来ないことを怪しんだ高天原の神が無名雉(ななしきぎし。雉は使者として登場する鳥)を派遣して天稚彦の様子を窺わせたところ、天探女が不思議な鳥(無名雉)がいることを天稚彦に伝えてしまったので、雉は射殺されてしまったのです。雉が殺されたことは高天原の神にも知れ、結局 天稚彦も高天原の神に殺されてしまったということです。この一連の伝承から、日葡辞書にあるアマノザコ像が生まれたと考えられます。
 天逆毎・天魔雄神については、まだ『先代旧事本紀』を読めていないので、鳥山石燕(※)の著した『今昔画図続百鬼』から「天逆毎」に関する記述を抜き出してみました(以下、抜粋)。
 「或書ニ云フ。素戔嗚尊ハ猛気胸ニ満チ、吐テ一神ノ神ヲ為ス。人身獣首、鼻高ク耳長シ。大力ノ神ト雖モ、鼻ニ懸テ千里ヲ走ル。強堅ノ力ト雖モ、噛ミ砕テ段々ト作ス。天ノ逆毎姫ト名ヅク。天ノ逆気ヲ服シ、独身ニシテ児ヲ生ム。天ノ魔雄(サク)神ト云云」

※……江戸時代の絵師。『図画百鬼夜行』『今昔画図続百鬼』『今昔百鬼拾遺』『百器徒然袋』などを刊行し、妖怪画を多く描いたことで知られています。彼が考えた妖怪が、現代の妖怪を扱った作品(水木しげる氏などの作品)に用いられていることもあります。
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