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おいも(食べ物にまつわることば・5)

 今日から11月。焼き芋のおいしい時期です。
 「わのこと」でも取り上げるつもりですし、他のところでも何度か話題に出したような気がしますが、自分の中で「なるほど~!」という驚きがあったので、おいもについてあれこれと下に記します。

 かつてイモは野に自生しているものだったが、人間は自分の畑でもイモを栽培できるようになった。
 そこで、昔からある野生のイモは山にあるイモ=「ヤマイモ」と呼ばれるようになり、人間が自分の畑(=里)で栽培するイモが「サトイモ」と呼ばれ、区別されるようになったのではないか?
 ……と、講義の中で先生がおっしゃっていました。
 〈サトイモ〉という語を、普段私たちの想像する里芋ととらえない地域もあります。サトイモをタイモ(田芋?)と呼ぶ地域()、ジイモ(地芋?)と呼ぶ地域、ツチイモ・ドロイモ(土芋・泥芋?)と呼ぶ地域など、さまざまです。その他、里芋は地域によってホンイモ、マイモ、タダイモなどとも呼ばれます。けれどこれらはみな、里芋はもともと野生であった、泥の匂いがする芋、ととらえた語彙と考えることができます。ホンイモ、マイモ、タダイモなどの語は、里芋がもともとあった(外来種ではないとも、自然の、ともとることができます)イモ、ととらえた語彙といえるかも知れません。
 サトイモの古名に「家つ芋」がありますが、これはやはり「サトイモが自分の畑(=里)で栽培できる」ことに因むのでしょう。
 ただ「イモ」と呼んで連想されるイモの種類も、地域によってさまざま。イモが馬鈴薯を意味する地域、甘藷を意味する地域、里芋を意味する地域、山芋を地域とする地域などがあります。
 単に「イモ」といったとき、それが馬鈴薯を意味する地域は主に東北から長野県にかけての地域。甘藷を意味するのは滋賀県から佐賀県、里芋を意味するのは茨城県・栃木県・埼玉県など。東京も里芋を意味する地域がほとんどで、千葉県は甘藷を意味する地域が多いようです。岐阜県は上半分が馬鈴薯を意味する地域で、下半分が山芋を意味する地域。これも東西文化の違いでしょうか。
 ちなみに、イモが里芋を意味する地域は日本全国にかなりばらけて、少数ですが存在します。
 全国に点在しているということは、古くは日本全域でイモといえば里芋であったのが、時代が下るにつれ他のイモが普及してきたことにより、里芋がイモ代表の地位を奪われたため……とも考えられますが、どうでしょうか。

 現在は様々な種類のイモが出回っていますが、そのうち馬鈴薯(ジャガイモまたはジャガタライモ)は、その名の通りジャガタラ(ジャカルタ)から慶長年間(1596-1615)渡来したもの。甘藷(サツマイモ)は17世紀前半に中国・琉球を経て(あるいはフィリピンから長崎に)普及したもの。江戸中期には、青木昆陽がサツマイモの栽培普及に務め、「甘藷先生」と呼ばれたことは有名です(「甘藷先生」と呼ばれたのは没後のようですが)。
 そういえばサツマイモのことは、「十三里」ともいいます。「栗より(=九里四里)うまい」の意だそうですが、これは江戸期に用いられた駄洒落のようです。実際にサツマイモが栗より美味になったのは明治期以降 品種改良が行われた後のことで、それまでは「八里半」とも呼ばれたそうです。「九里(=栗)には及ばない」という意味でしょう。また、サツマイモは「丸十」とも呼ばれます。こちらは、薩摩藩藩主島津家の家紋が「丸に十」であったことに由来しています。その他、サツマイモには、中国から渡来したことに因む「唐芋(からいも、とういも)」などの別称もあります。
 サツマイモは中国から琉球に輸入され、西日本から全国へ広がっていったという経緯があるためか、西日本の方が東日本よりもサツマイモを表す語彙が多いそうです。西日本では唐から輸入されたのでカライモ・トーイモと呼ばれ、近畿地方では琉球から広まったのでリューキューイモと呼ばれ、江戸に入れば薩摩から伝わったというのでサツマイモ。
 各地で呼ばれる名前からその伝播した経路が分かって、歴史ある奥深い食べ物だなあ……と思いながら、焼き芋をいただきます。

……畑で栽培するサトイモを「畑芋」、水田で栽培するサトイモを「田芋」というともあります(『広辞苑』)
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