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方言あれこれ①

 最近、「○○って言ったら通じなくて、これって方言みたい」という発言を耳にすることがありました。
 いわゆる「共通語」(「標準語」と呼んだほうが一般的ですが、「標準」という名前は他のものを「標準外」としかねないのでこう呼びます)と同じ形でも、その地域で話されていることばは地域方言ですし、そもそも「共通語」自体が山の手方言から作られたことばなので、「共通語と異なる」イコール方言、さらにいえば「共通語と違うことばは劣っている」という考え方自体が、政府やマスコミの責任だと思います。
 そんなわけで、長い前置きになりましたが、方言についてです。

 「ことのは」の「方言」でも触れていますが、方言には大きく分けて地域方言社会方言があります。 
 一般に「方言」といって想起されるのは「地域方言」でしょうか。ただ、共通語と違うことばであれば地域方言というわけではなく、同じことばであっても地域方言になりえますし、語彙(単語)だけでなく、発音文法の違いも「地域方言」に含まれます。
 「社会方言」は、その人の身分や職業によって異なることばのことです。代表的なものが、江戸時代の「武士語」や、吉原などで有名な「廓言葉」。「武士語」は、武士には参勤交代制度があるため、遠い地域から江戸に出てきた武士と、幕府の武士との意思疎通を簡単にするための方言です。「廓言葉」もほぼ同じで、客が遊女に感情移入することを防ぐため、また、高級遊女の出自を隠すための方言です。
 現在でも、普段の一人称が「俺」でも、公の場では「私」と使いますが、これも社会方言といえます。
 また、幼児が使う「ばっちい(ばばっちい。汚い、の意)」、「おつむ(頭)」、「おんぶ」なども方言ですし、主に女性が用いる「~だわ」なども方言です。

 さて、地域方言についてですが、地域方言は、万葉集の時代から存在していました(「防人歌」などに見られます)。それが研究対象として取りざたされるようになったのは、地方間の往来が活発になった江戸時代です。
 明治時代には、日本を欧米列強に対抗しうる中央集権制国家にする必要が出てきました(日本が中央集権制の国家になることが、明治維新の目的の一つであったともいえます)。江戸時代までは藩が置かれるなど地方分権をとっていましたが、「一つの国家としての日本」のために、ことばも一つにまとめる必要がありました。そこで生まれたのが「共通語」と考えられています。

(続く)
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