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【ことのは】はじめに②

現代にも残る「言霊」の考え
 言霊という考えが古くから日本にあったことは、先に述べました。
 その証拠に、現存する日本最古の歌集『万葉集』には、次のような歌が載せられています。

磯城島の日本(やまと)の国は言霊の幸(さきは)ふ国ぞま幸くありけり


 「磯城島」は「日本国」の別称で、この場合「日本(やまと)」にかかる枕詞となります。そして、「幸ふ」は「豊かに栄える」の意。なので、この歌を現代語訳すると、「日本の国は、言霊(=ことばの霊力)で豊かに栄える国であり、(ことばの力によって)繁栄して欲しい」というような意味になります。
 昔の人びとは、ことばには不思議な力(=言霊)が宿っていて、ことばやその使い方が、人の幸・不幸を左右すると信じていました。そのため、人はことばによって他者を祝福し、ことばによって神様に祈ったのです。
 たとえば、お正月や結婚式などで見られる「寿」(ことぶき)ということばは、「言祝ぎ(ことほぎ。「寿ぎ」とも)」の転で、「ことばによって祝福すること、また、そのことば」を意味しています。
 「ことばを発する」ことを意味する動詞には、「言う」や「宣(の)る」がありますが、「言う」(「言ふ」)に動作の反復を表す「ふ」がついて「いわふ(祝う)」ということばが、「宣る」に神聖の意を表す「い(斎)」がついて、「いのる(祈る)」ということばが生まれました。「何度も口に出して言う」ということが「祝う」ことであり、「神仏の名や祝福のことばを口に出し、幸いを求めること」が「祈る」ということになります。「宣る」からは、他にも、〈祝詞(のりと。神道で神様に奏上するための文章)〉ということばや、〈呪う〉、〈宣(のたま)う〉ということばが生まれました。
 ことばにはまた、人を傷つける力もありました。「いのる」や「のりと」をかたちづくる「宣る」からはまた、「罵(の)る」ということばも生じています。
 このように、人を幸せにも、不幸にもできるものであるからこそ、人は「ことば」をとても慎重に扱っていました。
 現代では、「言霊」というものはあまり意識されていませんが、日常生活のなかからも、ところどころに言霊信仰の名残をうかがうことができます。たとえば、イカの干物を「するめ」といいますが、「する」が物品を失うことに通じるというので「あたり」にして、「あたりめ」と呼んでいます。「サル」が「去る」に通じるので、「得て」と呼びます。下に「公」をつけ、「エテ公」ともいいますね。
 これらはみな、もともとの呼び名が不吉なものを連想させることから、そのものの呼び名をおめでたいものに変えているのです。このようなものを「忌み言葉」といいます。
 ほかにも、結婚式での「別れる」「終わる」「切れる」、出産祝いでの「流れる」、お葬式での「重ねる」「再び」などは、忌み言葉なので、使ってはならないとされます。
 言霊信仰は、このように今でも私たちの生活に残っています。
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