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花街あれこれ⑨(江戸遊里別名いろいろ)

 遊里といえば最も有名なのは江戸吉原。客にとっては極楽ですが、そこに生きる遊女にとっては地獄そのもので、「生きては苦界、死しては浄閑寺」といわれました。
 吉原は何度か火災で焼失しますが、同じ形に再建されたので町並みは変わりませんでした。吉原は江戸町一・二丁目、京町一・二丁目、角町の合わせて五町から構成されていたので、俗称を「五丁町」ともいいました。
 吉原の別名はよく知られているように「ありんす国」と、上述の「五丁町」ですが、他にも江戸城の北に位置したことから、北国・北里・北廓・北狄・きた、などとも呼ばれていました。
 辰巳芸者で有名な深川は、江戸城の南東(辰巳)にあったことから辰巳、他には東夷などの呼び名がありました。品川はみなみ、南川(なんせん)、南蛮など、新宿は西戎などと呼ばれていました(京都嶋原も同様、御所から南西方向に位置したため坤郭(こんかく)という別名があったようです。坤は未申すなわち南西のこと)。
 こうして見ると、吉原・深川・品川・新宿が東西南北で対比されており、その繁栄ぶりがうかがえます。
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