FC2ブログ

方角の話① 東と西

ことのは
05 /29 2020
 方角について調べています。五行説と結びついたり、日本古来の考え方があったりで、面白いのですがなかなか難しい……。
 日本といえば極東といわれる国で、国旗も旭日で、何かと東に縁のある国のような気がします。自国礼賛ですが。

 太陽信仰は世界各地でみられますが、稲作をはじめとした農業が生活の基本の地域では、人びとの太陽への祈りはより切実だったでしょう。時間の経過を表す単位である「日」「月」も、そのことば自体が天体の運行と結びついていることが分かりますが、穀物が1回実る期間が1年に相当することから、五穀、とくに稲のことを「年」とも呼びます。
 太陽が昇るのは東であることから、東は再生や誕生の方角とされてきました。対立する方角である西は、太陽が沈む方向であることから、死の方角ととらえられることがあったようです。厄払いの文句の末尾に「西の海へさらり」ということがあります(「かやうの人は、大虚人也、一儀の事、にしのうみえさらり」吉田半兵衛『好色訓蒙図彙』)が、西方に冥界があり、厄払いの災厄はそこに追い込まれる、という考えがあったようです。そこから、厄払いの異称を「西の海」ともいいます。
 「ヒガシ」「ニシ」とも「シ」がつきますが、「シ」は「風」の古語。嵐(アラシ)・旋風(ツムジ)の「シ」がそうです。このことから、風の向きが方位と結びついていたことが分かりますが、『古事記』『日本書紀』では、方角はむしろ太陽の運行と結びつき、それは太陽神アマテラスの坐す東の伊勢神宮に対し、スサノヲやオホクニヌシといったアマテラスに反抗した神々が活躍する西の出雲が黄泉と結びつけられていることからうかがえます。
 といっても、単純に西=死や冥界の方角、ということもいえません。夜が明ければ朝になり、また一日が始まるように、季節が巡るように、円環の世界観でみれば、死は再生のためのものでもあります。とくに仏教の影響を受けてからは、日本からみて西には天竺──仏教発祥の地であるインドのある方角になりました。
 また、よく「極楽浄土」といいますが、極楽浄土は阿弥陀仏が教主の世界で、西方極楽浄土ともいわれます。日本のお彼岸が春分・秋分であるのは、春分・秋分が、太陽が真東から昇り真西に沈むことから、太陽を礼拝し、西方極楽浄土に思いを馳せる日であるためという説があります。
 阿弥陀如来の極楽浄土が有名ですが、他にも薬師如来が教主である東方浄瑠璃世界などがあります。薬師如来はその字の通り医薬の仏様で、三尊像では左脇侍に日光菩薩、右脇侍に月光菩薩がいらっしゃいます。そして薬師如来の護法神が十二神将なのですが、これは薬師如来が昼も夜も(日光菩薩・月光菩薩)、24時間(十二神将)、衆生を病苦から救おうとしているためといわれます。
 明治になり、江戸は「東京」という名前に変わりました。古来日本の首都であった京都が西にあることに対する「東京」です。現代でも、関東と関西、すなわち東と西とは、その習俗の違いが何かと対比されます。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

へまむしょ